| 2007年カナダ北極圏1000km | 徒歩行準備レポート 写真はクリックすると大きくなります | 2007年1月26日 装備 | |
今回使う装備を一通りチェックする。基本的に今まで使っていたものでほとんど足りてしまうので、押入れから引っ張り出してみる。初めて北極に行ってからもう7年になる。その間に使ってきた装備はさぞかし山のようにあるのかと思いきや、案外少ないものである。 一般的な日本家庭の押入れの下半分くらいのスペースで十分全て納まってしまうくらいである。 少ない理由としては、毎回同じものを使っているからだろうか。ゴアテックスのジャケットなどは2001年から同じものを使い続けているし、今回も使うつもりである。 寝袋もずっと同じものしか使っていないので、冬用は一つしか持っていない。
そんなことで意外と装備の量は大して持っていない。衛星携帯電話は重要な通信手段である。1000キロの徒歩行で50日ほどの行程中に安全確認を行うには衛星電話が必要である。 10年位前までは重くて巨大な短波無線機しかなかったが、今はどの隊も衛星電話を持っている。 今後、ここで紹介してほしい情報や、質問などあったら掲示板に書いていただければ極力紹介したいと思います。 2007年1月29日 今年の計画 | | 大きな地図はこちら | 詳しい地図はこちら 今年はカナダ北極圏の凍った海の上を、約1000キロ一人で歩く予定である。出発地と到達地はともに人が住む村である。出発地のレゾリュートは 人口200人ほどの小さな集落である。8割ほどがイヌイットの人々である。 到達地のケンブリッジベイは人口1000人ほどの大きめの村である。二つの村の間には村はおろか、小屋一つすら存在しない人が全く行き来のしない 完全なる無人地帯である。 気温はマイナス40度以下にまで下がり、平均気温でもマイナス30度以下である。海氷上にはホッキョクグマが常に行き来し、ほとんど彼らの巣の中を 進んでいく感覚である。 1000キロの行程を45〜50日ほどかけて歩き切る予定である。途中での物資などの援助は受けず、スタート時に用意した食料燃料だけでゴールする。 予定としては、2月下旬に日本を出発し、エドモントンで数日間準備をした後に3月4日ごろにケンブリッジベイの村に入る。そこで耐寒トレーニングや、 本番を想定した装備のチェックなどを行い、3月15日ごろにレゾリュートに移動して歩き出す。4月下旬から5月はじめにかけてケンブリッジベイに戻ってくる。 概要としてはこのようなカンジである。 2007年1月31日 安東さんと | |
夕方から安東浩正さんと会ってファミレスで3時間ほど話した。安東さんは自転車でシベリアを横断したことで、植村直己冒険賞を受賞したすごい人である。安東さんとは以前も会ったことがあり、手紙やメールではコンタクトをとっていたが久しぶりに会うことになった。 普段は冒険の話をする機会は無いが、同じ経験をしている人とはいろんな話で盛り上がることができる。こういう機会も重要である。 安東さんのホームページはwww.tim.hi-ho.ne.jp/andowです。 2007年2月2日 今そこにある地球温暖化 | | 地球温暖化という言葉も意味も、誰もが知っていると思う。人間による二酸化炭素の過剰排出で温室効果が高まり、地球全体が温暖化するという。 | という理屈は誰もが知るところであるが、ではその温暖化を実際にどれだけの人が「実感」しているだろうか?それは遠い国の自分達とは関係の無い出来事なのか? 極地には日本では「実感」することのできない地球温暖化が現実に存在する。果たしてかく言う自分もどれほどのことを知っているかと問われると自信は無い。 だがこれまでの北極行で見てきたこと、聞いたことは地球温暖化の存在を確かに感じさせるものばかりだった。 グリーンランドにある世界最北の村シオラパルクに滞在していたときに聞いた話。狩猟を今でも生業としている彼らにとって、自然の変化は大きな問題である。 凍った海氷上を犬ぞりで狩猟に出る彼らには伝統的に受け継いできたルートがある。シオラパルクから海岸線沿いを進み、岬の突端を回って狩猟のポイントへ 行く数十キロのルートがあるのだが、先祖代々疑いも無く使ってきたそのルートが、近年氷が張らずに全く使えなくなっているという。その為に狩猟のポイントへは 標高1000メートルの氷床を越えていくという、厳しい選択を取らざるを得なくなっているのだ。 そのような「今まで凍っていた場所が凍らなくなった」「以前は十数年に一度くらいは凍らないこともあったが、今では毎年のように凍らない」 「冬になって氷が張るのが遅くなっている」「夏に氷が解けるのが早まっている」という話は極地のどこでも聞く話である。それは誇張でもなんでもなく、 「事実」として存在している現象なのだ。 2007年2月4日 シロクマ | | 海氷上を行く我々のようなスタイルの冒険行において、最も警戒しなくてはいけないのがシロクマの存在である。知っている人も多いと思うが、
シロクマは熊の種類の中では最も体が大きく、大きいオスでは立ち上がると身長は3メートルを越え、体重は600キロ以上になる。 | 彼らはアザラシが主食である。発達した嗅覚でアザラシの臭いを嗅ぎながら氷上を歩き回っている。 そもそもシロクマ(ホッキョクグマ)の祖先は北米大陸のグリズリー(ハイイログマ)である。寒冷地に進出したグリズリーが体を変化させたのだ。 毛の色を保護色の白に変え、氷の隙間にいるアザラシをより効率的に捕らえるために頭を小さく、首を長くし、嗅覚をより発達させたのである。 シロクマはどこにでもいる。どこで出会うかわからない。歩いていて、氷の陰から突然現れるかもしれないし、テントで寝ているときにいきなり来るかもしれない。 一番恐ろしいのはやはり寝ているときである。こちらは一人、一日クタクタになるまでソリを引いて進み、寝てしまえばクマの接近を察知するのは殆ど不可能である。 ではどうすれば良いか?ハッキリ言って、その答えは私が聞きたいくらいである。これ!という手段があったらぜひ教えてほしいものである。 しかし防御法は実はあって、一番良い手段は犬を連れて行くことなのだ。だが、それも色々と問題があったりする。 結局のところ、腹を括って「チキショー!来るなら来てみやがれ!」と思い切って寝てしまうしかないのである。そして、もし実際に来てしまったら対抗手段として ライフル、熊撃退スプレー、フレアーガンなどを使ってクマさんにはお帰りいただくしかない。 2007年2月9日 友人と | | 地元の幼馴染で、25年の付き合いになる栗原慶太郎君と食事に行く。カメラ屋に勤めている彼は、私が極地に行くときの撮影機材に関して面倒見てくれている。 | 子供のときの話などで非常に盛り上がった。ものすごいローカルな話題で、時にはこういう時間も必要である。焼き肉うまかったー! 2007年2月13日 一人のつらさと気楽さ | | 一人で北極に行くと言うと大抵の人が驚く。「一人で危なくないの?」「さみしくないの?」とは良く聞かれる質問だ。 | 一人で行動することは当然のことながらリスクは伴うし、危険もあるが気楽な一面もある。複数で行動していれば、個人の意見や自由は制限される。 一人であれば自分が歩きたいときに歩けば良いし、休みたければ休めばよい。意見が衝突して険悪なムードになったり、時には空中分解してしまう隊もあるがその心配も無い。 だからと言って集団行動が悪いとは思わない。当然のことながら安全度が増すし、人間関係を通じて得るものはたくさんある。 今私は準備中である。北極を一人で歩く準備とはどんなことをするかと言うと、現地までの飛行機のチケットの手配、保険の加入、装備集め、食料計画、 現地飛行機会社への連絡、現地でのサポートのお願いと連絡、緊急時の連絡体制作り、などなどさらにたくさんあるのである。 それらを一人でやっていると結構疲れるものである。組織に属したり、集団の一部になることは、個人の自由度は低くなるかもしれないが、 集団が同じ方向を向いたときにはその動きは圧倒的に早くなる。しかし一人はいつまでたっても一人である。がんばってみても一人分の動きしかできないし、限界は早い。 一人でやっているなんて威張ってみても、実は多くの人にお世話になっているし、協力者の援助が無くてはできないのは紛れも無い事実。友人の存在はありがたいと感じる。 2007年2月21日 装備をまとめる | | 3月1日に日本を出発する。カナダ北極圏を一人で1000キロ歩く予定である。まずはアルバータ州エドモントンで友人の家に泊まりながら、不足している装備や
食料を買い足したりと準備をするつもりだ。 | 徒歩行をスタートするのは3月18日ごろになると思う。1000キロの道のりを45〜50日で到達する計画である。歩き終わるのは5月の初旬、ゴールデンウィークあたりであろうか。 いよいよ出発まで一週間ほどになり、装備をまとめなくてはいけない。重量を正確に把握するために、一つ一つの装備をグラム単位で重量計測する。
我々のような徒歩行の場合、重量との戦いでもある。1000キロ50日の行程を、途中の補給無しに行くには100キロ以上の荷物となる。
55日分の食料、燃料をスタート時に持って出る予定であるが、食料が一日100グラムづつ増えただけでも5キロ以上の重量増となる。どの装備の予備を持ち、どれは予備は持たないか?全ての装備の予備を持てば2倍安全かもしれないが、重量も2倍になる。それを引くのは自分である。 極力ものは持たないようにする必要がある。グリーンランドに行ったときは52日間の行動中に一度も着替えず、スタートした時とゴールした時の格好は 靴下からパンツ、シャツに至るまで全く同じだった、という経験もある。意外と慣れれば本人は気にならないものである。
実際に歩いている間の格好は写真の通りである。おそらく皆さんの想像よりもかなりの薄着であると思う。そこらのスキー場にいるのとあまり変わらないかもしれない。
これでマイナス40度くらいまでは歩く。歩いている間は100キロのソリを引いているので体は非常に熱くなる。これ以上着ていると逆に暑すぎるのである。極地の徒歩冒険行における行動中のウェアは、「保温」のためのウェアというよりも、「防風」「体温コントロール」のためのウェアであるという考え方であり、 ポイントはいかに汗をかかないようにするか、である。 行動中は化繊の肌着上下にフリース上下、ゴアテックスのジャケットとビブである。気温がマイナス20度くらいまであがって風が無ければ上半身は肌着とゴアのジャケットだけになる。 もしマイナス10度くらいにまであがってしまうと、暑すぎて肌着にフリースだけ、晴れて風が全く無ければ肌着だけで歩いても問題ない。
ただし、ブーツや手袋、帽子などは特注品であったり、日本では手に入らないようなものを組み合わせを変えたりして使っている。頭と手足は最も注意して「保温」する必要がある。
2007年2月24日 自作も必要 | |
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使う装備、道具は市販品も良いものはたくさんある。ただ、時には自作する道具や、市販品を少し改造したりするものもある。ジャケットのフードに毛を付けるのは代表的なところ。極地を歩くにあたってジャケットのフードに毛は欠かせない。絶対に必要である。ちなみに最も上質とされる毛皮はオオカミである。ランクで言うとその次がウォルバリン(クズリ)であろうか。 次にビーバーやキツネである。シロクマはフードに使うことは無いが、イヌイットの人々はシロクマでズボンを作る。このはおそらく最も優れた素材のズボンであると思う。 イヌイットはシロクマのズボンにアザラシ皮のカミック(ブーツ)を履くが、これらはいくら汗をかいても全く蒸れないし、下に薄いタイツ一枚で全く寒くない。彼らはマイナス40度でも それだけでスノーモービルに乗る。寝る時はテントの中でズボンもカミックもはいたままゴロンと横になる。軽く、暖かく、蒸れない、さらに履いていて楽であると言う完璧な極地ウェアであろう。 2007年2月26日 チョコレート作り | |
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出発まであと3日である。行動中に食べる行動食のチョコレートバーを作る。極地での食事は朝昼夜の三食ではなく、朝と夜の二食プラス行動食、と言う考え方である。朝と夜はテントの中で「食事」をするが、行動中に関してはのんびり食べている時間は無く、歩きながら休憩ごとに少しづつ栄養補給していく感覚である。 行動中に食べるものは自作のチョコレートバー、ナッツ、ドライフルーツ、カロリーメイト、キャンディー類、などを一日づつ袋に小分けにしたものをつまむのである。 チョコレートバーは市販のチョコレートを湯煎にかけて大量に溶かし、油やゴマなどを混ぜ合わせて再び固める。油を混ぜることで低温化でもチョコレートはガチガチに硬くならずに食べやすくなる。 さらにカロリーも上げることができるので一石二鳥である。食料に関してはグラム単位でカロリー計算をして持っていく。一日に何グラムの食料で何キロカロリー摂取するか?
食料に関して言えば、人によってスタイルは様々である。どんなものを食べるかは好みにもよるし、国が違えば食事も様々である。私は米が好きなので、アルファ化米は必ず食べる。
カロリーや栄養面に極端にこだわるよりも、単純に好きなものであるとか、食べたいものを入れるのも大事だと思う。良く聞かれる質問の一つに「何を食べるんですか?缶詰とか?」というのがある。まず缶詰は食べない。第一に「重い」のが欠点である。中身を食べても「空き缶」というどうにも 始末しがたいゴミが発生する。缶詰は大抵水分が入っているものを長期保存するための手段である。水分が入っていれば重量が増すし、極寒地では凍ってしまって解凍に余計な燃料を使う。 食料として持っていくものは、基本は乾燥していて軽いもので、さらに余計なゴミが発生しないものである。あとは栄養面やカロリーを考慮して組み合わせを考える。
2007年2月28日 出発前夜 | | 早いものでもう出発前日となってしまった。昨日からパッキングやら何やらで慌しい。今私の頭の中はいろんな考えがグルグル回っている。
万一の場合のシミュレーションであったり、やり忘れていることは無いか?持って行くべきものは揃っているだろうか?などなど… | いざ向こうに行ってしまえば逆に楽なものである。覚悟も決まるし、あとはやるだけだからウダウダ考える必要も無い。日本で準備をしているときが一番大変だったりする。 正直言うと、今回は今までの旅とは出発前の感覚が違う。何が一番違うかと言うと、今までよりも格段に「恐れ」を感じる。今回のルートが難しく、危険も多いと言うのもあるが、 昔よりもそれなりに経験を積んでくると昔は感じなかった怖さを感じる。要は以前は経験もなく、「えーい、行くぜー!」みたいに勢いだけで歩いていたものが、 より現実が見えるようになってきたのだと思う。 カナダからも歩き出すまではホームページの更新をしたいと思っている。うまくネットにつなぐことができればだが。ということで、「2007Expedition」コーナー近日公開予定。 それではみなさん、行ってきます!! |