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| 小耳話しその1 歯の話し |
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北極に住む人々、昔はエスキモーなんて言ってたけど、今はイヌイットなんて言います。何が違うのかというと、簡単に言うとエスキモー
が侮蔑の言葉だかららしい。
日本に帰ってきて誰かに北極のことを話すと聞かれるのが「イヌイットってどういう生活してるの?」なんてこと。「普通の生活だよ」と
答えても「普通って?」と聞かれる。これを読んでいる皆さんはどんな生活を想像してるだろうか?
彼らは暖房の24時間効いた部屋でテレビも見るし、CDも聴くし、蛇口をひねれば水が出て、冷めた食べ物はレンジでチンする。
出かけるときはスノーモービルでひとっ走りでおなかがすいたらスーパーマーケットへ買い物に行く。
イヌイット、エスキモーなんて聞くと、氷の家に住んでいて、動物の毛皮を着た人たちが犬ぞりで狩に出て、主食はアザラシなんて
想像するかもしれない。でも彼らはカナダ本土のヒトビトと全く変わらない生活をしている。
レゾリュートには一箇所だけ外食の出来る場所がある。どこかというと僕のいつも泊まっているホテル。そこの食堂はレゾリュートの住人
もお金を払えば食べることが出来る。昼時なんかはハンバーガーなんかを食べにけっこう大勢やってくる。
小さな子供も多くやってくる訳だけど、その子供たちをよく見ると歯並びが異常に悪い。子供たちは夕飯時にそこで10インチくらいの皿に
フライドポテトを山盛りに盛ったものをコカコーラ片手に黙々と食べている。これが夕飯なのかと思うと考えさせられてしまう。
レゾリュートにコープ(CO−OP、つまり生協)のスーパーが十数年前に出来てから、白人文化が一気に押し寄せてきた。甘いお菓子や
炭酸飲料などが簡単に買えるようになって子供はいくらでもジャンクフードを食べられるようになってしまった。元来イヌイットの親は
放任主義というか、子供のやることに対してはあーだこーだと咎めないし、甘いものを食べたら歯を磨くという意識が低いようだ。もともと
砂糖たっぷりの食品なんて持っていなかったヒトビトだから意識が低いのはしょうがない。そんな諸々の事情が集まって子供たちの歯に
現状が集約されているようである。 |
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| 小耳話しその2 北極の歩き方 |
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小耳にはさんだ、とはちょっと違うが北極の歩き方について。北極では基本的に凍った海の上を歩いていく。海の上なので当然辺りは一面の水平線。
島の近くを歩いているときは島が目印になるので迷うことはないが、全く島の見えないとき、何に目標を置いて歩いていくのか?
ちょっと想像してもらいたい、太平洋の真ん中で例えばそこから横浜へ一直線に進まないといけない。そんな状況に似ているかもしれない。
一つ違うのが海が凍っているかいないかの差。そんなのたいした差じゃないだろ、なんて思ったら大間違い。海が凍っているのが大きいのだ。
話しを元に戻して、北極の海の上で何を目標にするか。まず、今の時代はGPSがある、GPSとはグローバルポジショニングシステムの略で、
人工衛星から信号を受信して、自分の位置(緯度、経度)を知る機械のこと。しかしずーっとGPSとにらめっこしながら歩くわけにいかない。
太陽はどうか、太陽は確かに有効な位置測定の目安になる。しかし太陽は動いてしまう、北極などの高緯度地域では太陽は水平線から低いところを
時計回りにグルーッと回っていく。一日24時間で一周(360°)するので一時間で15°動いてしまうのだ。つまり太陽を目安に一時間歩き続けると、
一時間後には15°ずれた方向に進んでしまうことになる。それに天気の悪い日は太陽の位置を確認できないこともある。
風向きはどうか、これはかなり有効である。風は基本的に一日中同じ方向から吹いてくるので、まっすぐ歩くには目安になる。しかし、風の全くない
日もある、そんな日は当然風向きは分からない。
凍った海の上で何も目標物の無い時に如何にして真っ直ぐ歩くか、最もよく使うのが風紋(ふうもん)だ。風紋は凍った海の上に積もった雪に、
一定方向からの風が吹き付けることで雪に残った風の跡のこと。北極の凍った海の上ならではのナビゲーションメソッドである。
簡単に一日の歩きながらの各ナビゲーションメソッドの使い方について紹介すると、まず一日の初めに今日の進行方向を知る。それはGPSで知ることに
なる。今日はこっちの方向だ(例えば真東から20°北寄りとか)、と決めたらGPSの出番はおしまい。決めた方向を真っ直ぐ向いて、足元を見る。
足元には風紋が筋状に刻まれているので、履いているスキーと風紋との角度をチェックする。その角度をキープしながら歩くことで足元を見ていても
真っ直ぐ歩くことが出来るのだ。太陽は歩きながらのナビゲーションには使えないが、立ち止まって方角を知るときには有効になる。白夜の太陽は
夜中の12時に真北、午前6時に真東、正午に真南、午後6時に真西に来る。時間と太陽の位置が分かれば方角を知ることができる。
風向きは風紋と同じ扱い、風の無いときは風紋一本槍。
色々なナビゲーション方法について説明した訳だけど、一番困るのがホワイトアウトの日。ホワイトアウトとは悪天候で空は一面厚い雲、辺り一面
粉雪が舞い上がって視界の利かない状態のこと。こうなると太陽がどこにあるのか分からないし、太陽光が遮られて足元の風紋も見えない、おまけに
風も無いとくるといよいよ方角が分からなくなる。自分が北に向かっているのか南に向かっているのか、全く分からない。これはどうしようもない。
方位磁針は使わないのか?と疑問に思う人もいると思う。別に使っても良いのだが、僕は使わない。なぜかというと、ここまでに説明した方法で充分
方角がつかめるからだ。それから、僕の歩いているレゾリュート周辺は北磁極に近いので、コンパスが正確に北を指さない。場所によっては真西を
指したりする。それは偏差を考慮すれば解決するのだが、磁極が近いとコンパスは精度を欠くし、少し動いただけで偏差が変わってくるので面倒なのだ。 |
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| 小耳話しその3 マシンガントークと地球温暖化 |
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アークティックヘイズという言葉があるのだが、聞いたことも無いという人が殆どだと思う。アークティック(Arctic)は北極という意味、ヘイズ(Haze)とは
モヤとか霞みといった意味。つまり「北極のもや」である。北極でよく晴れた日に水平線に黒っぽい雲のような物が見えることがある。これが
アークティックヘイズで、その正体は主に先進国から流れてきた汚染空気である。高緯度地域の北極圏には北米大陸、アジア、ヨーロッパといった
先進国からダイレクトに気流が流れ込んでくる。汚染された大気が一気に集まる場所であるために、極地は環境汚染が他地域よりも顕著な地域であるのだ。
レゾリュートの村から7kmほど離れたところにレゾリュートエアポート(空港)がある。車に乗って空港へ向かう道沿いに一つの建物を見ることが出来る。
白い一軒家のようではあるが、天井部分がドームになっていて一見小型の天体観測所のようである。建物の正体は気象の観測所。そこでは一人の
白人男性が働いていて、気象観測を行っている。彼の名前はウェイン。40歳くらいに見えるが頭の毛が少し寂しくなっているので実年齢はよく分からない。
ウェインは日本にも何回か来た事があるらしく、日本人を見ると「コンニチハ!」「ゲンキデス!」とアヤシイ日本語を連発する。ウェインは元来話し好き
らしいのだが、いつも観測所では一人ぽっちなのでいざ喋り始めたが最後、マシンガントークが延々と続く。しかしそのマシンガントークも勉強になる
時がある。彼はずーっと以前からレゾリュートで観測を行っているので、大気温の変化や海氷の様子について詳しいのだ。その彼曰く、ここ10年くらいで
レゾリュート周辺の気温は明らかに上昇しているとの事。環境汚染は南極や北極といった極地域から始まってくるのだ。
地球温暖化で何が起きるのか?ウェインが言っていた例を一つ挙げる。ただ僕の拙い英語力で聞き取ったものであるので、専門家に言わせると間違った点
があるかもしれない、その辺は小耳にはさんだ話という主旨を汲んでいただいて平にご容赦を。
北極などの寒い地域では沈んだ太陽が見えるという現象がある。実際には地平線の下に沈んだ太陽が、光の屈折で地平線の上に見えるというのだ。
ようは太陽の蜃気楼である。これが寒くなればなるほど長い時間見えるらしい、寒いほど光の屈折が大きいのだ。
白夜(びゃくや)という言葉は多くの人が知っていると思う。高緯度地域の夏に太陽が一日中空にある状態のことであるが、その逆の言葉を知っているだろうか?
冬に全く太陽の昇らない状態のことを極夜(きょくや)という。北極圏に於いて一年のうちで最も太陽と縁遠い日、それは冬至の日、12月の22日頃
である。人間の目では全く太陽光は捉えられないが、実は前述の太陽光の屈折でごく僅かな光が届いているというのだ。
動物たちはその僅かな光も目に捉え、そして生きている。もしも地球が温暖化し、気温が上昇するとその光が届きにくくなる。海中のプランクトンが
糧にしていた光を失えば数が減ってしまう。プランクトンを餌にする魚が減る。魚を餌にするアザラシが減る。アザラシを餌にするホッキョクグマが減る。
僅かな光を捉えて移動するカリブーが移動できなくなる。あらゆる影響が出てくるのだ。
地球温暖化は日本にいると現実感が無く、遠い国のお話しのように感じるが、地球上には明らかに温暖化の影響の出ている地域が存在している。 |
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| 小耳話しその4 みんなのお仕事 |
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現在のイヌイットがごく普通の近代的な生活をしているのは分かってもらえたと思う。北極から帰ってきてよく聞かれる質問の一つに「そんなとこに住んでて
仕事は何してるの?」なんて事。確かにもっともな質問だ。例えばもっと南のもう少し人口の多い町、イカルイットだとかケンブリッジベイなんて町は
人口も数千単位(大きい町でもその程度)なのでまだ仕事も探せるだろう、しかしレゾリュートは200人程度、グリスフィヨルドに至っては160人ほど
しかいない。さて仕事は何をしているのか?これを読んでいる皆さんは何を想像するだろう?実際に現地で見てきた感想を言うと、
何もしてないんじゃないの?なんて思う。確かに仕事はしているのだが、それが定職かと言われると「?」である。村自体が政府からの補助金で
成り立っているので、その補助金から給料を捻出できる公共の仕事をしていることが多いようだ。例えばブルドーザーで雪かきだとか、給水所の管理なんて
事である。しかし多くの若者を昼間にその辺でよく見かけるし、仕事はしていないであろうヒトビトを多く見る。確かに人口200人の村では
一件のスーパーとホテルくらいしか商業的な施設は無い。
「狩りはしてないの?」なんて疑問を持つかもしれないが、狩りもする。しかしそれは「仕事」ではないと思う。狩りの対象になるのは、アザラシ、
カリブー、ジャコウウシ、ホッキョクギツネ、ホッキョクグマなど。
アザラシはハッキリ言って今の時代は捕っても何もならない。今ではアザラシはイヌイットでも殆ど食べなくて、食べ物はスーパーで手に入るので
全部買ってくる。確かに狩りもする、アザラシも捕ってくるのだが、殆ど趣味というかイヌイットである誇りや文化的なものを感じる。レゾリュートの
村の中を歩いていると、そこら辺に無造作に冷凍アザラシが転がっていたりするがそれらは犬の餌になるようだ。
カリブーやジャコウウシは肉や毛皮を売ることが出来るので、明確な狩りの対象になるが滅多やたらと捕れるものでもないのでそれだけで生活を
することは出来ない。
運がよければ一年はそれだけで生活できてしまうであろう狩りの対象がホッキョクグマである。運がよければ、というのはホッキョクグマは保護の対象に
なっていて、好きに狩れるものではないからだ。毎年村ごとに「今年はこの村では全体で何頭まで」と狩ることの出来る頭数が制限されていて、
その村の中でも誰がその権利を持つかというのは抽選で決められる。
そして現金収入を得る近道となるのが、「ホッキョクグマを狩る権利を売る」事だ。欧米ではスポーツハンティングをする人が多い。そんな
スポーツハンターに権利を売って、ついでに彼らのガイドもする。これはかなりの現金収入になると思う。
スポーツハンター達もホッキョクグマのハンティングはやってみたいが制度上ちょっと難しい、イヌイットは現金収入が欲しい、双方の利害関係が
一致している。あくまでも想像だが、おそらく日本円で2〜3百万円ほどの収入になるのでは?と思う。
今年レゾリュートにいる間に丁度そんなスポーツハンターがいて、ホッキョクグマをハンティングしているところのビデオを見せてもらった。
彼らは白人の二人組みで、年齢は50過ぎくらいだろうか。彼らの外見は、アメリカのSF映画で宇宙からやってきた異星人が山の中に降り立ち、
バッタリ鉢合わせをした人間のハンターがライフルの抵抗もむなしくあっさり殺される、みたいなシチュエーションに出てくるようなスポーツハンター
である。あくまでもイメージ。
「ランディの場合」
イヌイットのランディは今年の冬はスポーツハンターのホッキョクグマハンティングのガイドに出かけていた。しかしその他の時間どんな仕事をして
いるかはよく知らない。
「マーサの場合」
マーサ(女性)は以前はグリーンランドに住んでいて、レゾリュートに引っ越してきた。彼女は僕のいつも泊まっているホテルを時々手伝っている。
「アーリの場合」
今回グリスフィヨルド目指して歩いている時にバッタリ人と会った。2台のスノーモービルに夫婦と男の子、カリブー狩りの帰りだと言う。
おとーちゃんの名前がアーリ。無事グリスフィヨルドに到着し、レゾリュートに戻って数日経ったある日、村の中を歩いていると大きなトラックを停め、
ツナギを着た男が車から降りてこっちに向かって走ってくる。「誰だ?」と始め思ったが、アーリであるとすぐに気がついた。「帰ってきたのか、
うまくいったのか、おめでとう」と祝福してくれた。彼の乗っていたトラックはヌナブト準州のマークのついたモノだったので、
公共の仕事をしていたのだろう。
「ハンスの場合」
ハンスも以前はグリーンランドに住んでいた。「イクオオオシマを知っているか?」と聞かれた。大島育夫さんは20年以上前からグリーンランドにある
世界最北の村シオラパルクに住んでいる元日本人だ。ハンスは大島さんと仲が良いらしい。
今年レゾリュートの宿で一緒だったカナダ人3人組がいた。彼らは北磁極まで行くのだが、人間は空身でクロスカントリースキーで進み、
荷物を犬ぞりに引かせるスタイルをとった。その犬をハンスから借りたのだ。犬ぞりの犬の用意、ソリの用意などで彼らの面倒をみていくらかの
現金収入があっただろう。
色々な人や場所を見て思うのは、イヌイットの立場が白人よりも一段低いこと。例えばスーパーの従業員はイヌイットだが、マネージャーが白人であったり、
飛行場やその付近の通信基地で働くのは全て白人で、雪かきをしているのは全てイヌイットであったりと。
飛行場も通信基地もスーパーも全て南の白人が持ち込んだものなので、イヌイットがその脇に回るのは仕方が無い。つい数十年前までは貨幣制度とは
無関係の生活をしてきた人々である、自分たちで商売を始めてみろといっても難しいだろう。イヌイットが自治権を持つヌナブト準州は、イヌイット自身が
如何にして自立した社会を築けるかに将来がかかっているような気がする。 |
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| 小耳話しその5 KING OF THE ARCTIC |
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北極の王者といえばホッキョクグマ、通称シロクマである。北極の食物連鎖の頂点に立ち、クマの中で最も大きいのがホッキョクグマだ。
オスの体重は500kgくらいある。イヌイットは大昔からそんな巨大なシロクマと勇猛果敢に戦ってきた。クマは大切な資源であった。
今でこそライフルがあるが、では大昔のイヌイットは果たしてどうやってシロクマを狩ってきたのか。武器はといえば槍とか銛の類だけだ。
ではシロクマの狩り方について少し紹介。
狩りに出るときは当然犬ぞりで出る。犬ぞりに乗ってまずはシロクマの足跡を探す、新しい足跡を見つけるとそれを追っていく。足跡を追っていくと
やがて足跡の主と出会う。ここで補足だが、イヌイットは足跡を見ただけでオスかメスか、そして何歳くらいのどのくらいの大きさかを見分けることが出来る。
自慢ではないが、僕も毎日来る日も来る日もシロクマの足跡を見ていたら、オスかメスかの判断は付くようになった。初めは足跡を見ただけで恐ろしいが、
そのうち慣れてきて、冷静に判断するようになってくる。
足跡の主を見つけたイヌイットはクマに近付き、犬ぞりの犬を全て放してやる。犬たちはクマに向かって行き、クマの周囲をぐるりと取り囲んで吠え立てる。
360°全方向から吠え立てられるとシロクマは身動きがとれなくなり、乱氷の上などに逃げる。氷のブロックの上に避難したクマを下から犬の集団が
360°の方向から吠え立てる。クマは逃げることも攻撃することも出来ずにその場に立ち尽くす。この状態で何時間も粘り、クマが疲労し、
完全に反撃できなくなったのを見計らって銛で突くのだ。
この狩の仕方は今でも行われていて、今では何時間も粘らずにライフルでズドン!と一撃だ。ちなみにイヌイットが言うにはシロクマは左利きらしい。
その為ライフルでまずは左腕を撃つ。攻撃力を奪っておいてからとどめを刺すのだ。
シロクマの多くいる所と、そうでない所は歩いているとだんだん分かってくる。それが分かればキャンプをしてもいい所としてはいけない所が分かってきて
安全度も違ってくる。ではクマはどんな所にいるかといえば、乱氷帯やプレッシャーリッジの近辺だ。乱氷帯とは海氷が平らではなく、大きな氷のブロックが
ボコボコと出ている所。テトラポットが敷き詰められているような状態だ。プレッシャーリッジとは平らな海氷に筋状に真っ直ぐ出来る
乱氷の事。なぜそんなのが出来るかというと、平らな海氷が左右から押されることで出来る盛り上がった亀裂がプレッシャーリッジになる。
そういう氷のブロックの陰にアザラシがいるので、シロクマも自然とその近辺に集まってくる。だから乱氷帯の中やプレッシャーリッジ沿いには
シロクマの足跡がいくらでもあるが、逆に真っ平らの氷原には足跡は殆ど無い。
「シロクマって襲ってこないの?」なんてよく聞かれるのだが、襲ってくることもある。怖いのは乱氷帯の中を歩いていて至近距離でいきなりバッタリ
出会ってしまうパターンとテントで寝ているときに接近されるパターン。
シロクマは凶暴かというと、確かに凶暴ではある。しかし、人間に接近してくるのは多くの場合はただの好奇心であるようだ。基本的に人間を見たことも無い
クマが殆どなので、「こいつは一体何者だ?」という気持ちで近付いてくる。例えばそこで接近されたときに変な行動をしてクマを刺激したり、
怒らせてしまうと襲われることになる。クマが逃げられる状態を作りつつ、しっかりと威嚇や熊よけスプレーで対抗すれば多くの場合は問題ないという。
大場満郎さんは、過去何度もシロクマと数メートルの距離で睨み合いをして、その都度追い払っている。大場さん曰く、「初めてクマと会った頃は
口から心臓が飛び出るくらい怖かったが、何度も会っているうちにクマの考えていることが分かるようになってきた。落ち着けば大丈夫」とのこと。
ここまでの境地に至るにはかなりの経験が必要だが。 |
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| 小耳話しその6 或る北極の一日 |
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北極での日常は単調なものである。しかし単調な中にも日々新たな発見があるから飽きないのだ。行動中の一日と、生活面について紹介しようと思う。
一日は朝6時半ごろから始まる。その時間になると自然と目が覚めるのだ。いや、自然に目が覚めるというか、クマが怖くて夜中に何度も目が覚めるので
その延長で目が覚めるといったカンジかもしれない。
目が覚めると温かい寝袋からモゾモゾと這い出るのだが、寝ている時は寝袋から口だけを出しているので口の周りがバリバリに凍り付いている。
その霜が首筋に落ちてこないように横になってうまく叩き落とす。寝袋から上半身だけ出すと素早くストーブに火をつけるのだが、ストーブのジェネレータを暖める
プレヒートの時間がものすごく長く感じるのだ。火がつくとテントの中は一気に温まってくれるのでこっちのもの、寝袋から出てまずは一杯ポットのお湯を飲む。
五分ほどボケーッとして今日の天気などを確認しながら「今日も晴れだ、やったぜ」「うわー天気悪いなあ」などと一人で一喜一憂する。 そして早速始めるのが
食事の準備だ。まずお湯を作るところから始まる、お湯が無いと始まらない。ストーブにナベを乗せ、そこに雪を詰めて蓋をする。ストーブにナベを乗せると
テント内が一気に寒くなる、ストーブの熱がナベに取られて暖気として放出されないからだ。再び寝袋に下半身を入れてダウンジャケットを着る。
テント内にいるときはその時間の殆どをお湯作りに費やされる。北極の雪は乾燥していて(?)日本の雪のようにベタベタしていない。さらに寒さがハンパじゃ
ないのでなかなか溶けてくれない。ナベいっぱいに雪を詰めても溶けるとほんの少しだけ、溶けては雪を足し、また溶けては雪を足しと繰り返してようやく
ナベに一杯出来るとポットに移す。さらに朝食用にもう一杯作ってようやく食事となる。食事はリプトンの乾燥パスタにエドモントンのマウンテンコープで買った
登山用の乾燥食を混ぜたもの、それからチーズをひとかけらとスープである。おととしの北磁極行のときは食事はペミカンと言う特別食だった。
ペミカンとはどんなものかというと特別決まった形は無く、冒険に使う為に高カロリーに加工した特別食をとりあえずペミカンと言っているふしがある。
「ペミカン」という言葉は外国の遠征隊も使っているので世界共通の言葉のようである。 おととしのものは大場さんが北極海横断、南極横断の時に使ったもので、
大学の栄養士の先生に相談して調合して作ってもらった乾燥食品。肉や野菜をフリーズドライにして砕いたものでオイルもたっぷり混ざっていて軽量高カロリー、
唯一にして最大の難点が味であることに目をつぶれば理想的な携帯食である。これは正直言ってうまいとは言えない。初めのうちは食べられなくて無理やり
詰め込んでいたが、人間とは不思議なもので一週間もたって体がカロリーを必要としてくるとおいしく感じてくるのだ。これを朝晩35日間同じメニューで
毎日食べ続けた。ハッキリ言って飽きる、いや飽きるを通り越して諦め体制に入る。しかしおととしの北磁極行を通して食に対する人間の欲求というのが
かくも恐ろしいものであったのかということを痛感させられた。
人間の体は毎日規則正しく同じ行動をしていると条件反射で体が機能する。食事を始めて一口食べただけで大のほうをしたくなってくる。体に逆らわずに
素早く済ませて食事を終える。ここで余談だが北極での排泄の話。小のほうはテント内ではPボトル(ピーボトル)を使う。プラスチックの1リットルの
ボトルなのだが、そのなかにしてテントの外に捨てる。Pボトルは寝ている時にも寝袋の中で使う。大のほうは天気の悪い時はテント内で済ませる。
トイレットペーパーを広げてその上にして外に捨てるのだが、たまにOBしてしまうと朝から憂鬱になってくる。天気がいいと外でするのだがこれが最高に気持ちいい。
目の前は真っ白な水平線がどこまでも続き、空は真っ青、動物がマーキングで縄張りを主張したがる気持ちがわかる気がする。
食事を終えると3日に一度レゾリュートに衛星携帯電話で連絡を取っていよいよ出発支度。身の周りの整理をしてテントを出る。キャンプ道具をソリに乗せて
テントをたたむ。軽く体操をして今日の進路を決めたらいよいよ出発、だいたい朝9時ごろだ。
歩いている間は一時間歩いて5分ほど休むくらいのサイクルで、時々2時間くらいノンストップで歩くこともある。小休憩の時はソリの上に座ってポットに
作っておいた紅茶などを飲む。寒いと甘いものがとてもおいしく感じる、角砂糖をこれでもかというくらいに溶かして飲む。12時になると昼食の時間、
スキーとハーネスを外して風のある時はソリの陰に隠れるようにして座って食べる。昼食のメニューはチョコペミ、ナッツ類、ドライフルーツ、カロリーメイト等。
チョコペミとはチョコレートのペミカンのことで私の造語。チョコレートを溶かし、それにオイルやゴマ等を混ぜて高カロリーにしたものを日本で自作した。
そのチョコレートバーとクルミやアーモンドなどのナッツ、ドライフルーツとカロリーメイト少々をジップロックに入れて一日分ごとに分けておく。
昼にそれを3分の2食べて、残りは3時に食べる。15分くらいで昼食を終えると再び歩く。歩いている間は特別な事は無い、ただひたすらに黙々と歩くのみ。
クマの足跡を見ても古いものなら何とも思わずに通り過ぎる、しかし新しいものがあった時は一気に緊張感が増す。3時になるとおやつの時間、昼の残りをここで食べる。
10分くらいで済ませると再び歩き出す。「歩いている間は何考えているの?」なんてよく聞かれるのだが、乱氷帯などを歩いている時は歩くので精一杯なので
それどころではないのだが、平らな海氷上を歩いている時はホントに暇なのだ。「自分が生まれてから今までを振り返ってみようかな」なんて思って考えてみても、
すぐに考えるネタも尽きてくる。時には歌を歌いながら歩いたりする。
6時か7時くらいになると一日の行動終了。雪のある場所を探してテントを張る。テントは風下側に入り口を設け、テントの周りにぐるりとクマバリアを張る。
クマバリアとはこれも私の造語だが、ただ単にロープをテントの周りに張るだけ。シロクマが夜中にテントに近付いてきた時にクマをダイレクトに
テントまで近付けさせないようにロープを張るのだ。ただの気休めかもしれないが無いよりは精神的にいいかもしれない。
テントを張るとキャンプ道具をテントに放り入れて夜が始まる。まずはストーブのプレヒートをしている間にテント内の整理と寝床作り。
火をつけると着ているものを脱いでテント内に吊るす。ゴアテックスのジャケットはインナーとアウターの層の間で汗が全て凍りついてしまうので、
ジャケットの一部をナイフで切って氷を出す。一日行動した後はジャケットから野球のボールくらいの玉を作れる氷が出てくる。氷を出してブーツについた雪を落とし、
靴下を乾いているものに変えて濡れているものは全てテント内に吊るす。テントが温まるとお湯を作り夕食の準備だ。雪を溶かしている間にGPSで
位置を確認して地図にマークする。同時に日記も書く。お湯が出来ると夕食の時間だ、夕食はアルファ化米がメインになる。アルファ化米にビーフジャーキーや
乾燥野菜、ワカメスープの素などを混ぜて食べると格別にうまい。乾燥キムチは最高にうまい。余談だが、ソウルフードというのが国民によってあると思う。
ソウルフード、つまり「魂の食」である。日本人はやはり米、96年に韓国隊が北極海の横断をした時は大量のキムチを北極に持ち込んでいたらしい。
食事を終えて一息つき、濡れたものがある程度乾燥したところで就寝時間となる。9時か10時ごろだ。明日の晴れを願いつつ、火を消してPボトルと熊よけスプレー
と共に眠りに就く。シューというストーブの音がなくなると辺りは全くの静寂、一日の疲れも手伝ってあっという間に夢の中。でも熊が怖くて何度も起きるのだ。
そして、また朝が来る。
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